2012/01/23

俺の住む家のすぐ近くに、新しくスーパーができる夢を見て目が覚めた。
夢によれば、そのスーパーはただのスーパーではなかった。そのスーパーは、スーパーを越えたスーパーで、そのスーパーで手に入らないものは何一つないというスーパーだった。
夢からさめてすぐ、俺は、きっとこれはただの夢じゃない、これは神さまのお告げに違いないと思い込み、夢で見たスーパーのあった場所へ、じっさいに行ってみることにした。
するとそこには、本当に新しいスーパーができていた。しかも、中に入ってみると、それは夢で見たとおりの、何でも売っているスーパーを越えたスーパーだった。
肉や野菜や日用雑貨が売ってるのはもちろん、愛や友情など、本来はお金じゃ買えないはずのものも、そのスーパーでは売っていた。そこまでは夢のとおりだった。それはまさに、スーパーを超えたスーパーだった。
ところが、夢と違うところが一つだけあった。軍手が売ってなかったのだ。
夢はしょせん、夢ということだ。
夢によれば、そのスーパーはただのスーパーではなかった。そのスーパーは、スーパーを越えたスーパーで、そのスーパーで手に入らないものは何一つないというスーパーだった。
夢からさめてすぐ、俺は、きっとこれはただの夢じゃない、これは神さまのお告げに違いないと思い込み、夢で見たスーパーのあった場所へ、じっさいに行ってみることにした。
するとそこには、本当に新しいスーパーができていた。しかも、中に入ってみると、それは夢で見たとおりの、何でも売っているスーパーを越えたスーパーだった。
肉や野菜や日用雑貨が売ってるのはもちろん、愛や友情など、本来はお金じゃ買えないはずのものも、そのスーパーでは売っていた。そこまでは夢のとおりだった。それはまさに、スーパーを超えたスーパーだった。
ところが、夢と違うところが一つだけあった。軍手が売ってなかったのだ。
夢はしょせん、夢ということだ。
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2012.01.23 Monday |
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2012/01/16

屁のこき方を忘れてしまった。
買い物に出かける前まではちゃんと憶えていたはずなのに、自転車に乗って出かけて、スーパーでうずら卵を買って、家に戻ってきたら、その時にはもう屁のこき方がわからなくなっていたのだ。
子供の頃、何度やってもダメだったのに、ある日をさかいに、急に補助輪無しでも自転車に乗れるようになったことがあったけど、今回はそれの逆だと思った。きのうまで普通に出来ていたことが、とつぜん出来なくなってしまった。
なぜ急に、屁のこき方を忘れてしまったのだろう?うずら卵がいけなかったのだろうか。それとも、マヤ歴が新しいサイクルに突入したことによる私の意識変容の結果、そうなったのだろうか。理由はわからないけれど、とにかくまずいことになったとわたしは思った。
なぜまずいのかというと、わたしは、次の日の朝の飛行機で日本を発ち、L.A.に行くことになっていたからだ。L.A.に行って、屁のこき方を忘れたなんて言ったら、外国人に笑われるに決まっている。だいたい、屁は英語でなんて言えばいいのか分からない。わたしはスーツケースを広げた部屋でひとり、途方に暮れた。
いくら思い出そうとしても、ダメだった。思い出そうとすると、頭が割れるように痛むのだった。もしかすると、何者かがどこかから、わたしが屁のこき方を思い出すのを阻止するための電磁波を、わたしの脳に送っているのかもしれない。もしそうならそいつを見つけ出し、電磁波を止めさせれば、屁のこき方が思い出せるかもしれない。そのようにも考えた。しかし、そいつを探し出している時間的余裕をわたしは持ち合わせていなかった。なぜならわたしは、L.A.に行かなくてはならなかったからだ。
どうしても思い出せない。だが…。着替えや電気シェーバーや薬の瓶をスーツケースに押し込みながら、わたしは考えた。だが、屁は、尻との関連性が高いものであることは確かだ。であるならば、おそらく尻をどうにかすれば屁がこけるはずだ、と。
たとえば、尻を温めてみたらどうだろう。尻を温めれば、案外かんたんに屁が出るんじゃなかろうか。わたしは、明日の支度を一時中断し、尻を温めてみることにした。尻をお湯につけてみたり、火に尻を近づけてみたり、日光にしばらく尻を当ててみたりしてみた。だが、ダメだった。尻がポカポカに温まっただけで、いっこうに屁の出てくる気配はなかった。
もっと強い刺激が必要なのかもしれない、とわたしは思った。あるいはもっと直接的な刺激が。そこで次に、半ば強引過ぎる向きもあったが、尻を引っ叩いて屁を出す作戦に打って出ることにした。布団叩きを隣の部屋から持ってきて、それで尻を思いっきり引っ叩いてみたり、友だちに電話をかけて家まで来てもらって、ワークブーツを履いてもらって、「ちょっと、おれのけつ蹴ってくんねえか?」と頼み、思いっきり尻を蹴ってもらったりした。だが、やはり屁は出なかった。
それでわたしは、肉体に直接与える刺激じゃ、ダメなのかもしれないと考えた。もう、そういう時代じゃないのかもしれない。現代は心の時代である。もっと、「尻」の「心」に響くような知的で芸術的なアプローチで、「屁」を引き出す必要があるのかもしれない。そう考えた。そこで今度は、クラシック・ミュージックを尻に聴かせてみることにした。わたしは中学・高校学時代は吹奏楽部だったので、自分でフルートをで吹いて、その美しい旋律を自分の尻に聞かせてやった。しかしそれでもダメだった。
わたしは絶望した。もはや「屁」と「尻」とで、どっちが「しり」でどっちが「へ」なのかすら分からなくなっていった。
そうこうしてる間に、日が暮れて、夜が更けて、朝になってしまった。仕方なくわたしは、うずら卵を食べてスーツケースを手にし家を出て空港に向かい、日本を発った。L.A.に着くまでの間、機内にてわたしはずっと、いったいどうすれば屁が出るのだろうかと、真っ青な顔で考え続けた。
しかし、そんな心配は無用だった。L.A.に着いたとたんに、屁は出た。
西海岸の自由な空気が、そうさせたのかもしれない。
買い物に出かける前まではちゃんと憶えていたはずなのに、自転車に乗って出かけて、スーパーでうずら卵を買って、家に戻ってきたら、その時にはもう屁のこき方がわからなくなっていたのだ。
子供の頃、何度やってもダメだったのに、ある日をさかいに、急に補助輪無しでも自転車に乗れるようになったことがあったけど、今回はそれの逆だと思った。きのうまで普通に出来ていたことが、とつぜん出来なくなってしまった。
なぜ急に、屁のこき方を忘れてしまったのだろう?うずら卵がいけなかったのだろうか。それとも、マヤ歴が新しいサイクルに突入したことによる私の意識変容の結果、そうなったのだろうか。理由はわからないけれど、とにかくまずいことになったとわたしは思った。
なぜまずいのかというと、わたしは、次の日の朝の飛行機で日本を発ち、L.A.に行くことになっていたからだ。L.A.に行って、屁のこき方を忘れたなんて言ったら、外国人に笑われるに決まっている。だいたい、屁は英語でなんて言えばいいのか分からない。わたしはスーツケースを広げた部屋でひとり、途方に暮れた。
いくら思い出そうとしても、ダメだった。思い出そうとすると、頭が割れるように痛むのだった。もしかすると、何者かがどこかから、わたしが屁のこき方を思い出すのを阻止するための電磁波を、わたしの脳に送っているのかもしれない。もしそうならそいつを見つけ出し、電磁波を止めさせれば、屁のこき方が思い出せるかもしれない。そのようにも考えた。しかし、そいつを探し出している時間的余裕をわたしは持ち合わせていなかった。なぜならわたしは、L.A.に行かなくてはならなかったからだ。
どうしても思い出せない。だが…。着替えや電気シェーバーや薬の瓶をスーツケースに押し込みながら、わたしは考えた。だが、屁は、尻との関連性が高いものであることは確かだ。であるならば、おそらく尻をどうにかすれば屁がこけるはずだ、と。
たとえば、尻を温めてみたらどうだろう。尻を温めれば、案外かんたんに屁が出るんじゃなかろうか。わたしは、明日の支度を一時中断し、尻を温めてみることにした。尻をお湯につけてみたり、火に尻を近づけてみたり、日光にしばらく尻を当ててみたりしてみた。だが、ダメだった。尻がポカポカに温まっただけで、いっこうに屁の出てくる気配はなかった。
もっと強い刺激が必要なのかもしれない、とわたしは思った。あるいはもっと直接的な刺激が。そこで次に、半ば強引過ぎる向きもあったが、尻を引っ叩いて屁を出す作戦に打って出ることにした。布団叩きを隣の部屋から持ってきて、それで尻を思いっきり引っ叩いてみたり、友だちに電話をかけて家まで来てもらって、ワークブーツを履いてもらって、「ちょっと、おれのけつ蹴ってくんねえか?」と頼み、思いっきり尻を蹴ってもらったりした。だが、やはり屁は出なかった。
それでわたしは、肉体に直接与える刺激じゃ、ダメなのかもしれないと考えた。もう、そういう時代じゃないのかもしれない。現代は心の時代である。もっと、「尻」の「心」に響くような知的で芸術的なアプローチで、「屁」を引き出す必要があるのかもしれない。そう考えた。そこで今度は、クラシック・ミュージックを尻に聴かせてみることにした。わたしは中学・高校学時代は吹奏楽部だったので、自分でフルートをで吹いて、その美しい旋律を自分の尻に聞かせてやった。しかしそれでもダメだった。
わたしは絶望した。もはや「屁」と「尻」とで、どっちが「しり」でどっちが「へ」なのかすら分からなくなっていった。
そうこうしてる間に、日が暮れて、夜が更けて、朝になってしまった。仕方なくわたしは、うずら卵を食べてスーツケースを手にし家を出て空港に向かい、日本を発った。L.A.に着くまでの間、機内にてわたしはずっと、いったいどうすれば屁が出るのだろうかと、真っ青な顔で考え続けた。
しかし、そんな心配は無用だった。L.A.に着いたとたんに、屁は出た。
西海岸の自由な空気が、そうさせたのかもしれない。
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2012.01.16 Monday |
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2012/01/09

たぶん、この町の誰もが、私のことをただのパン屋だと思っているだろう。それは半分は正しいが、しかし半分は間違っている。確かに私はパン屋であるが、「ただの」パン屋ではない。私は、「未来を完璧に予知することができる」パン屋なのだ。
いったいなぜそんな能力を持つことになったのか、その理由は分からないけれども、ただ物心ついたときには既に、未来を完璧に予知することができるようになっていた。小学生の時点で、自分が何歳で結婚するかとか、10年後の経済状況がどうなるかとか、未来のことが全部わかっていた。もちろん、将来自分が何になるかもわかっていた。僕は将来パン屋になる。予知能力は完璧で、的中率は 100パーセント。外れたことは一度もなかったから、それは確かなことだった。そして私は実際に19歳のときにパン屋になった。
しかし、パン屋になってから1年たっても、2年たっても、パンは1個も売れなかった。5年たっても6年たっても、売れなかった。ジャムパンも、フランスパンも、あんぱんも、メロンパンも、どれもこれも。そしてそれは、10年たった今でも変わらない。驚くべきことに今でもパンはまだ1つも売れていないのである。ただ、そうなることはもちろん、予知能力に目覚めた小学生の頃から既に分かっていた。私の予知能力は完璧なので、私が19歳のときパン屋になってから 29歳になるまでの間、パンがただの1個も売れないことは、当然その頃から知っていたのだ。
だから私は、決してパンを焼かなかった。どうせ売れないと分かっていたので、パン屋になってから10年の間に、1個たりともパンを焼きはしなかった。そしてまた、私が将来決してパンを焼かないであろうということについても、私は小学生の時から知っていたので、私は、パンを捏ねることもしなかったし、パンを捏ねないであろうということに関しても当然小学生の時から分かっていたので小麦粉を仕入れさえしなかった。1グラムたりとも。
パンを売らず、焼かず、捏ねず、仕入れず、ただただ寝転がっていた。そんな10年だった。だが、私は知っている。今から5年後のクリスマスに、ひとりの老人がパン屋にやってくる。白い頭髪と髭のお爺さん。歳は 80くらい。身長は私と同じくらいだろうか。私の予知能力によれば、お爺さんはそして、この店でいちばん安いパンをくださいと言ってパンを買って帰る。私のパンが売れる最初で最後の瞬間である。
もちろん、そのお爺さんというのが、今から50年後の未来からタイムマシンで現代にやってきた私自身にほかならないということも私は知っているし、小学生の頃からそんなことは知っていた。当時小学生だった私は、自分が70年後に45年前に戻って25 年後の自分からパンを買うことも、その自分に自分が25年後にそれが45年後の自分自身と知りつつもパンを売ることも既に知っていたのだ。
しかし、そんな自作自演の茶番劇であっても、私はその日のために、パン屋を続ける。そのとき、パンを焼くために、パン屋であり続ける。なぜならば、そこにひとりでもパンを求める者がいるならばパンを焼く、それがパン屋の使命でありその使命を果たすことが私の誇りだからだ!
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2012.01.09 Monday |
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2011/12/26

朝、ふつうの人が塗るよりも 2 倍おおくバターを塗ったパンを、ふつうの人より 2
倍長い時間をかけて食べ終えた私は、空いた食器をテーブルからシンクまで、ふつうより 2 倍慎重に運び、ふつうより 2
倍ていねいに洗った。(我が家のテーブルからシンクまでの距離は、普通の家のテーブルからシンクまでの距離よりも 2 倍離れている。)
わたしは、何でも人の 2 倍やらないと気が済まない質で、仕事は人の 2 倍やるし、遊びだって人の 2 倍遊ぶ。いつだって人より 2 倍はがんばらないと気が済まないし、人の 2 倍は楽しまなきゃ気がすまない。それはわたしがせいいっぱいに生きているからだ。
一度に放出されるヒトの精子は2〜3億個といわれるが、そのうち受精するのは1個だけだ。そんな途方もない可能性の果てに、わたしたちは奇跡的に産まれてきた。せいいっぱい生きなくてどうする。せめてなんでも人の 2 倍はやらなきゃ、人生もったいない。わたしはそう考えている。
たっぷり時間をかけ丁寧に食器を洗い終えたわたしは、石を詰めて、敢えてふつうの人より 2 倍重くしたリュックサックを背中に背負って家を出て、ふつうの人の 2 倍重い足取りで仕事先に向かった。外はいつもの 2 倍、寒かった。
ところが、リュックサックに石を詰め込み過ぎたのが悪かったのか、その重さで体がふらつき、足がもつれて転倒。ふつうより 2 倍固い地面に頭を打ち付けそのまま意識を失った。
その後、ふつうより 2 倍遅く到着した救急車で病院に運ばれたわたしは、ふつうより 2 倍手元が定まらない看護師にふつうより 2 倍多く点滴をうってもらい、全治4カ月と診断された。(ふつうなら全治2カ月)
夕暮れ時、病室のベッドの上に半身を起して窓の外を眺めていると、黄昏の空を 2 羽の鳥が飛んでいくのが見えた。それを見てわたしは、ふつうなら 1 羽だろ、と思った。
わたしは、何でも人の 2 倍やらないと気が済まない質で、仕事は人の 2 倍やるし、遊びだって人の 2 倍遊ぶ。いつだって人より 2 倍はがんばらないと気が済まないし、人の 2 倍は楽しまなきゃ気がすまない。それはわたしがせいいっぱいに生きているからだ。
一度に放出されるヒトの精子は2〜3億個といわれるが、そのうち受精するのは1個だけだ。そんな途方もない可能性の果てに、わたしたちは奇跡的に産まれてきた。せいいっぱい生きなくてどうする。せめてなんでも人の 2 倍はやらなきゃ、人生もったいない。わたしはそう考えている。
たっぷり時間をかけ丁寧に食器を洗い終えたわたしは、石を詰めて、敢えてふつうの人より 2 倍重くしたリュックサックを背中に背負って家を出て、ふつうの人の 2 倍重い足取りで仕事先に向かった。外はいつもの 2 倍、寒かった。
ところが、リュックサックに石を詰め込み過ぎたのが悪かったのか、その重さで体がふらつき、足がもつれて転倒。ふつうより 2 倍固い地面に頭を打ち付けそのまま意識を失った。
その後、ふつうより 2 倍遅く到着した救急車で病院に運ばれたわたしは、ふつうより 2 倍手元が定まらない看護師にふつうより 2 倍多く点滴をうってもらい、全治4カ月と診断された。(ふつうなら全治2カ月)
夕暮れ時、病室のベッドの上に半身を起して窓の外を眺めていると、黄昏の空を 2 羽の鳥が飛んでいくのが見えた。それを見てわたしは、ふつうなら 1 羽だろ、と思った。
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2011.12.26 Monday |
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2011/12/19

僕には親友が4人います。右腕をすごい力で引っ張ってるのが親友1で、左腕をすごい力で引っ張ってるのが親友2で、そのようにして左右から引っ張って僕の体を無理やり真っ二つに引き裂くことは物理的に難しいので別の方法で僕を消すべきだとカフェで思案してるのが親友3で、親友4は親友3と同じことを別の惑星で思案しています。
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2011.12.19 Monday |
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2011/12/12

その謎を、ずっと抱えたまま子供の頃から今日まで生きてきたのだけど、ついに僕は、謎を解いた。分かってしまえば当たり前のことで、それはあっけない程簡単な答えだった。でも世界には、それに気づかないまま生きている人もたくさんいる。世界はそれを知ってるサイドと、知らないサイドに二分されていて、その間には明確な線引きがされている。
謎というのは、背中の数字のことだ。
僕は無類の野球好きで、野球の試合をよく見るから知ってるのだけど、野球選手の背中には、だいたい数字が書かれている。「 3 」 とか 「 5 」 とか 「 55 」 とか、書いてある。
普通は、選手の背中なんか見ないだろうから、そのこと自体知らない人も多いかもしれない。僕だって、最初は知らなかった。
むかしは僕も、他の普通レベルの野球ファンの人達と同じように、試合中はだいたい全く別のことを考えながら、うわの空で野球を見ていた。だいたいサッカーのことを考えながら見ていたが、巨大化した自分が自衛隊の戦闘機に射撃されるシーンを夢想しながら見ることも多かった。
そんな風にうわの空で野球を見てたから、選手の背中の数字に気がつかなかったのだろう。でもある時(確か小四の時だった)、気づいた。試合に出ている選手全員の背中に数字が書いてあるのだ。「 3 」 とか 「 5 」 とか 「 55 」 とか。
その数字が一体何を意味するのか、それから今日に至るまでの長い間、僕はずっと考え続けてきた。その長い間には、色んなことがあった。家の前を流れるどぶ川は、市民団体の活動の成果で水環境が改善され、今では時折カワセミの姿を見かけるようになった。国道沿いには大きなショッピングモールが建ち、シャッターを降ろす店が商店街に増えた。当時まだ3歳で、保育園に通っていた妹は、今では立派なネットアイドルになっている。そうした世の移ろいを横目で見やりつつ、僕はずっと考え続けた。いったいあの数字は何を意味しているのか。
そして今日、その謎が解けた。答えは突如天啓のように降りてきた。
選手の背中に書かれた数字。それは、その選手が着ているユニフォームの 「 生地の薄さ 」 を示しているのだ。だから、「 3 」 の人は、かなり薄いのを着ているし、「 5 」の人はやや薄手のやつを着てるし、「 55 」の人は相当ぶ厚いのを着てるということになる。「 55 」の人はきっと、寒がりなんだろう。冬は家に閉じこもってインターネットばかりやってる奴なのかもしれない。
ともかく謎は解けた。僕は世界を二分する境界線をまたいで、この数字の謎の答えを知らないサイドから、知ってるサイドに、今日やった来た。しかし、知ってるサイドの世界の中には、さらに別の線引きがされていて、昨日の夜、何を食べたか覚えてるサイドと、覚えてないサイドに分かれていた。残念なことに、今僕が立ってるこの場所は、昨日の夜何を食べたか覚えてないサイドである。
餅ではなかった、ということだけは、確かなのだが。
謎というのは、背中の数字のことだ。
僕は無類の野球好きで、野球の試合をよく見るから知ってるのだけど、野球選手の背中には、だいたい数字が書かれている。「 3 」 とか 「 5 」 とか 「 55 」 とか、書いてある。
普通は、選手の背中なんか見ないだろうから、そのこと自体知らない人も多いかもしれない。僕だって、最初は知らなかった。
むかしは僕も、他の普通レベルの野球ファンの人達と同じように、試合中はだいたい全く別のことを考えながら、うわの空で野球を見ていた。だいたいサッカーのことを考えながら見ていたが、巨大化した自分が自衛隊の戦闘機に射撃されるシーンを夢想しながら見ることも多かった。
そんな風にうわの空で野球を見てたから、選手の背中の数字に気がつかなかったのだろう。でもある時(確か小四の時だった)、気づいた。試合に出ている選手全員の背中に数字が書いてあるのだ。「 3 」 とか 「 5 」 とか 「 55 」 とか。
その数字が一体何を意味するのか、それから今日に至るまでの長い間、僕はずっと考え続けてきた。その長い間には、色んなことがあった。家の前を流れるどぶ川は、市民団体の活動の成果で水環境が改善され、今では時折カワセミの姿を見かけるようになった。国道沿いには大きなショッピングモールが建ち、シャッターを降ろす店が商店街に増えた。当時まだ3歳で、保育園に通っていた妹は、今では立派なネットアイドルになっている。そうした世の移ろいを横目で見やりつつ、僕はずっと考え続けた。いったいあの数字は何を意味しているのか。
そして今日、その謎が解けた。答えは突如天啓のように降りてきた。
選手の背中に書かれた数字。それは、その選手が着ているユニフォームの 「 生地の薄さ 」 を示しているのだ。だから、「 3 」 の人は、かなり薄いのを着ているし、「 5 」の人はやや薄手のやつを着てるし、「 55 」の人は相当ぶ厚いのを着てるということになる。「 55 」の人はきっと、寒がりなんだろう。冬は家に閉じこもってインターネットばかりやってる奴なのかもしれない。
ともかく謎は解けた。僕は世界を二分する境界線をまたいで、この数字の謎の答えを知らないサイドから、知ってるサイドに、今日やった来た。しかし、知ってるサイドの世界の中には、さらに別の線引きがされていて、昨日の夜、何を食べたか覚えてるサイドと、覚えてないサイドに分かれていた。残念なことに、今僕が立ってるこの場所は、昨日の夜何を食べたか覚えてないサイドである。
餅ではなかった、ということだけは、確かなのだが。
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2011.12.12 Monday |
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2011/12/05

ふつう、手を洗うときは、<手>と<手>をこすり合わせて洗いますよね。<肌>と<肌>をこすり合わせることによって汚れが落ちるというシステムになってる。
でもそれなら、必ずしも<手>と<手>じゃなくても、<手>と<顔>でもいいはずです。<手>と<顔>でも、そのシステムは働くからです。
<手>と<顔>をこすり合わせるということは、すなわち、<手の肌>と<顔の肌>をこすりあわせるということだから、その方法でやれば手の汚れは落ちるのです。
つまり、顔を洗えば済む!
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2011.12.05 Monday |
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