2009/03/05
2009/01/23

お洒落に無頓着で、変じゃなければ良い、程度の感覚で服は選んでいるが、それでもお気に入りの一着くらいはある。
数か月後に大学受験を控えた高三の冬にお姉ちゃんがくれたセーターがそれで、薄い紫色の太い毛糸で編んだハンドメイドの輸入もので、着てみせたらよく似合ってるとお姉ちゃんは言ってくれた。
冬がくるたび、わたしはそのセーターを引っぱり出してきて、かなりの頻度で着用し、春がきてしばらくしてもまだしつこくそれを着ていた。
はじめてのデートのときも、はじめての海外旅行のときも、はじめての鍾乳洞長期潜伏期間中も、いつもそのお気に入りのセーターだった。
ところがそうやって後先考えずに着倒してきたせいで、今、セーターの状態がひどいことになってる。とにかく、毛玉がすごい。小さな毛玉がセーターの表面をびっしりと覆い尽くしている。
このまま毛玉が増え続けたら、大切なお気に入りのセーターはどうなってしまうのだろうか。とわたしは思う。
着れば着た分だけ増殖する小さな毛玉は、やがて別の小さな毛玉とくっついて中くらいの毛玉になるだろう。中くらいの毛玉は、別の中くらいの毛玉と同化して大きな毛玉に、大きな毛玉は別の大きな毛玉と融合してさらに大きな毛玉になる。
そうやって増殖と融合を繰り返したら、最後はどうなるか。
1個の巨大な玉になる。
はたしてわたしは、そうなってしまったものを、引き続き、これはわたしのお気に入りのセーターですと、胸を張って言えるだろうか。毛で出来たただの球体を指差して、お姉ちゃんにもらった大事なセーターなんですと、言えるだろうか。
その玉を頭の上にのせて、着心地が最高なんですこのセーターと言えるか。肩にのせて、どう?似合ってる?と言えるか。
深夜のテレビショッピングで紹介してた毛玉取りを使ってはどうだろう。と考えてみる。
天然の猪毛を使用したというそのブラシを使えば、さっとブラッシングするだけで、衣類を傷めずに毛玉だけを驚くほど綺麗に絡め取ることができる、という話だが。
驚くほど綺麗に毛玉が取れたら、わたしはきっと嬉しくなって、前よりもっとお気に入りのセーターのことが気に入って、きっと着用しまくるだろうと思うのだ。
会社にも着ていくし、コンパにも着ていくし、結婚式にも、葬式にも着ていくし、もし徴兵制度が復活した暁には、戦場へもそれを着て出兵する所存である。
ところがそうやって何度も着るうちに、毛玉がまた付きはじめる。毛玉の増殖と融合が進む。
そうしたらまら、猪毛のブラシで毛玉を取るだろう。毛玉が取れたら、私はまた嬉しくなって、それを着て出兵するだろう。するとまた毛玉が付く。猪毛のブラシで取る。嬉しくなる。出兵する。毛玉が付く。
ブラシ。嬉しい。出兵。毛玉。ブラシ。嬉しい。出兵。毛玉。
そうやって、毛玉が付いてはブラシで取るのを繰り返したら、最後はどうなるか。
「無」になる。
毛玉を取り除くたびにセーターは痩せ細り、縮小し、お気に入りのセーターは最後には消えて無くなってしまうだろう。取り除いた大量の毛玉だけが残るが、それをかき集めて合体させたところで、それはもはや「お気に入りのセーター」とは程遠い何かだ。
「お気に入りのセーター」はこの世界から姿を消し、猪毛のブラシに絡め取られた「お」「き」「に」「い」「り」「の」「せ」「え」「た」「あ」だけが残る。
何かの拍子でどこかにいってしまった「せ」以外の残りのそれらを一箇所に集めて合体したら「ありのにおいきえた」になるだろう。「お気に入りのセーター」は「蟻の匂い消えた」になってしまった。蟻の匂いってどんな匂いだろう。
大切なお気に入りのセーターが消えてなくなった上に、さらに蟻の匂いという訳のわからないものが訳の分からないまま消えて、ニ倍の喪失感に苛まれるというのは実に理不尽な話だ。
そんな理不尽な悲しみを背負うくらいなら、いっそ今ここで、お気に入りのセーターを捨ててしまおう。
2009/01/13

冷蔵庫を買うために、お正月にもらったお年玉を全部もって隣町のヨドバシカメラに行きました。家に冷蔵庫は1台すでにあって、肉とか野菜とかを冷やす用に使っているのですが、それとは別にもう1台、自分を閉じ込めておく用の冷蔵庫が絶対に必要不可欠であるッ!と考えたからです。
ヨドバシカメラに行くと、冷蔵庫売り場にはすでに行列ができていました。きっと、僕と同じ思想の持ち主たちが、僕と同じように自分を閉じ込めるための冷蔵庫を買い求めてやって来たんだろう。僕は列の一番うしろに並んで自分の順番が来るのを待ちました。
ところが、そうやって待っているうちにだんだんとオシッコがしたくなってきました。
そういえば今日はまだオシッコをしてなかった。冷蔵庫のことで頭がいっぱいだったから、オシッコの時間(8時30分)にオシッコをするのを忘れていたのです。
やがて尿意が我慢の限界に近づくと、それまで冷蔵庫のことでいっぱいだった僕の頭の中は、冷蔵庫のこととオシッコのことでいっぱいおっぱいになっていきました。 「 オシッコをしたい 」という願望と、「 冷蔵庫に自分を閉じ込めておきたい 」という願望。ふたつの願望が僕の中で膨れ上がりながら混じり合ってゆきました。
そしてその結果、「冷蔵庫に自分のオシッコを隠しておきたい 〜決して他人に盗まれないように〜 」という新たな願望が生まれたのでした。
そうこうするうちに自分の番が回ってきて、「 何かお探しでしょうか? 」と店員さんに聞かれたので、僕は、「 冷蔵庫… 」と言いかけましたがその言葉を飲み込み、「 炊飯器をください! 」と言って炊飯器を買いました。
オシッコは冷蔵庫より炊飯器の中に隠した方が、敵に見つかりにくいからです。
おわり。
2008/12/25

子供の頃、みんなでかくれんぼをした。オニになった子はみんなを探し、みんなはオニに見つからないように隠れた。そのときに、箱の中に隠れて、結局さいごまでオニに見つからなかった子が、その後もずっと箱の中に隠れ続け、箱の中で成長し、成人し、40歳になってもまだその箱の中に隠れていた。
箱の中で彼は、成長して大きくなってしまった体を窮屈に丸め、オニに見つからないよう息をひそめながら、思い出そうとしてた。遠い昔、かくれんぼをしたあの日の記憶を、頭の中で忠実に再現しようとしていた。ある拭い切れない疑念が生じたからであった。
それは、あの日、かくれんぼで自分がオニから隠れたという自分の記憶に対する疑いであった。オニは、確かジャンケンで決めた。自分はパーを出した気がする。みんなもパーを出した。ひとりだけグーを出した子がいて、その子がオニになったと記憶している。
だがそれは事実だろうか。本当に自分やみんながパーでオニがグーだったのだろうか。グーが自分でみんながパーだったのではないか。長い年月を経て記憶は埃を被り肝心な箇所が不透明であるが、あのときオニになったのは、実は自分だったのではないだろうか。そんな気がしてきたのだ。
だとすれば、今、自分は箱の中に隠れたつもりになっているけれども、本当は隠れてなんかいなくて、本当は自分以外のみんなが 箱の外に隠れているのだということにならないだろうか。
いや、箱の 「外」 にみんなが隠れてるというのは状況として不自然であろう。隠れているのは、やっぱり箱の 「中」 だ。だから、みんなは箱の中にいて、箱の中にいるはずの自分は、みんなが中にいる箱の外の箱、つまり箱に内在する箱型の外部空間にいる、ということになるだろう。箱の中の彼はそんなことを考えている。
わたしは、街道沿いの蕎麦屋で蕎麦をすすりつつ思う。「実は、自分はオニかもしれない」という彼の考察がもし正しいなら…。
もしそれが事実なら、今、普通に家族を持ち、普通に会社で仕事をして、普通に暮らしているつもりのわたしは、実は、暮らしながら同時に、隠れてもいるのだということにならないだろうか。蕎麦をすすっているが、すすりながら同時に隠れてもいることにならないか。
箱に内在する外部空間の、つまり、箱の、中の外の中で丸まってるオニに見つからないように、箱の、外の箱の中で、隠れて蕎麦をすすり、隠れて蕎麦つゆの中に蕎麦湯を入れ、それを、隠れて飲んでいることにならないか。
もちろん、「実は、自分はオニかもしれない」という彼の考えは間違っているかもしれないし、そもそも、箱の中の彼という存在自体、実在しない可能性の方が、はるかに高いのではあるが。
2008/11/17

A 地点から B 地点へ向かう途中に C という町があって、その町に D という男がいる。
D は、E という妹と、F という犬と一緒に、アパート G に住んでいる。
その D の顔には、H、I、J、の3つのニキビと、ニキビ痕 K、L、があって、ニキビ J と ニキビ痕 K との間には、ホクロ M がある。
また、D の妹 E の顔には、火傷痕 N と、染み O 、P、 Q があり、犬 F の顔には
ハエ R がとまっている。
E の顔の火傷痕 N は、E がまだ幼児だった頃に、D が誤って熱湯 S を浴びせてしまったせいでできた火傷 T が、その後時間を経ても治らず、火傷痕 N になったものである。D はこの時のことを今でも悔いており、折に触れては自責の念に苛まれる。
E は火傷痕 N のことなんて全然気にしてないと言って、兄 D を慰めるが、慰められれば慰められる程、D の表情は暗くなり、陰鬱な空気が彼らの部屋を漂うのだった。
さて、今からこの、2人の兄妹と1匹の犬が暮らす部屋に、フルーツ U を送ってみようと思う。フルーツ U は兄妹の大好きな果実である。
ついさっきまで D は、台所で手際良く夕食の支度をする妹 E のうしろ姿を、居間の方から何となしに眺めていた。その時にふと、年頃の E が、彼氏とかじゃなく、しみったれたこの兄のために、ああして白菜を刻まなければならないのは、俺があの時、熱湯 S を E に浴びせ、彼女を傷物にしてしまったからにほかならない、と考えてしまい例のごとく暗い気持ちになっていた。
「お兄ちゃん、ご飯できたよ。運ぶの手伝って。」
台所から戻った妹 E が居間に顔を出すと、D が青白い顔をして呟いている。
「俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ…。」
すぐに何事かを察した勘の良い E は
「お兄ちゃん、気にしないで。わたしに彼氏ができないのは、火傷痕 N のせいじゃなくて、染み O、P、Q のせいなんだから。」
D の背中に手を置いて優しく言う。
だが優しくされればされるほど、さらに D が自分を責める気持ちは強くなるばかりで手の施しようがない。彼らの部屋を陰鬱な空気が包もうとしている。
その時、玄関のチャイムが鳴る。
D は肩を落としたまま反応しようとしないので、E が居間をたって玄関の扉を開ける。扉を開けると、小包 V を手にした配達員 W が立っている。E は、伝票に判を押し荷を受け取り、D のいる居間に戻ってくる。それから、なんだろうねー、と言いながら包みを開ける。
中に入っているのは、当然、わたしが送ったフルーツ U である。
「お兄ちゃん!見てこれ!」
問題は、このあとである。
夕食のあと、E が切り分けて皿に盛ったフルーツ U を、D がフォークの先に刺して口に運ぶ。D の口の中に、甘み X と、酸味 Y がひろがる。E は D の顔を覗き込み「おいしい?」と聞く。すると、それまでずっと暗い顔をして黙っていた D がようやく口を開く。「うん…。美味い。」そして E の方を見て少しはにかむように微笑む。
その瞬間の、和み。あるいは幸福の兆し、というべきものか。何と呼ぶのが妥当かはわからないが、そのとき、彼らの部屋の空気を微妙に変える、何ものかが訪れる。
もしそのかすかな、気配 Z を察知して、ハエ R が犬 F の顔から飛び立った場合、
その場合、われわれのチームに1点が入るのだ。
なぜなら、それが、ルールだからだ。
2008/11/09

まずはじめに、顔にマジックで線を二本書く。垂直線と水平線、一本ずつ。それが鼻の頭あたりで交わるように書くのだ。
そうすると、顔が四つの領土に分断される。左目と左眉毛を有する領土、右目と右眉毛を有する領土、左の鼻の穴と口の左半分を有する領土、右の鼻の穴と口の右半分を有する領土。その四つに分断される。
それぞれの領土にはそれぞれの文化が生まれ、やがて四つの都市が顔面に形成される。これが、顔面都市だ。
四つの顔面都市は、しかし、相互の関係を持たないまま、各々個別に発展することになる。都市と都市との間に繋がりが生まれないのは、ヒト・モノ・カネの流れが都市内部で完結し、都市の外部に求めるものがないからだ。それぞれの都市では、それぞれ異なる通貨が流通し、異なる宗教が信仰され、異なる濃度の汁が愛飲されることになるだろう。
今、あなたが取り組むべき最も重要な課題は、この、まったくばらばらな状態の四つの顔面都市を、ひとつにまとめあげることだ。あなたは、分断された四つの顔面都市を統一し、そこに一つの顔面国家を築き上げなくてはならない。そして顔面国家の統治者になるのだ。それこそが真にあなたがやらなければならないことなのである。
最初に自分の顔に線を書くところから、四つの都市ができあがるまでに三年。四つの都市を一つの国家にまとめあげるまでに少なくとも七年。最低でも足掛け十年を要す、これはあなたにとっての人生を賭した大仕事になるだろうが、それでもやる価値はあるだろう。
そうやって十年かけて、四つの顔面都市を統一し、一つの顔面国家を建設することに成功したとき、これまで好き勝手に動いていた目や眉や鼻や口を、あなたはあなたの意思で制御できるようになる。統治者であるあなたは、顔面各地に一斉に役人を派遣し、伝令を伝える 「口角を上げ、目と眉を少し持ち上げよ!」と。すると…
ほら。素敵な笑顔になりました。笑うって、カンタンなことでしょ?
以上、笑顔のつくり方講座でした。さっそく試してみてね!
2008/08/01

居間の水槽で飼っていたエビが産んだ卵がいっせいに孵化し、水槽の中がエビだらけになってしまったので、余分なエビは預かってもらおうと思い、エビをビニール袋に入れて、銀行に持って行きました。
そして銀行のお姉さんに、「エビを貯金したいのですが。」と言うと、お姉さんは「銀行ではエビはお預かりしておりません。」と言いました。銀行に預けられるのは、お金だけだと言うのです。そんな馬鹿な。お金なんて預けたって意味が無いじゃないか。
「そんなことして、一体何の得があるっていうのですか!」
激昂して僕が怒鳴ると、お姉さんは、利子がつくところが得なのだと教えてくれました。
お金を銀行に預けると、預けている間にどんどん利子というのが増えていって、最終的にその利子というのをもらえると言うのです。
「そ、それは本当ですか!?」 僕はうれしくなって 「じゃあ十万円貯金します。」 と言って十万円を貯金して、そして銀行を出ました。外では蝉がないていました。
来年の夏になったら、またここに来よう。その頃にはきっと、利子が 500 匹くらいにまで増えてるはずだから。僕はそう思いました。( 利子って、エビのことですよね? )
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